曳航

遊園地の思い出

小さい頃、豊島園か多摩テックかどこか忘れたが友人数名とその保護者とで遊びに行ったことがあった。自分は高所恐怖症なので高いところから落下する乗り物に乗れない。友人たちがジェットコースターで楽しむのを下で見ていた記憶がある。乗り物の名前は定かではないが「マッドマウス」のような名前の乗り物に乗った。レールの上を小型の乗り物が動く簡単なアトラクションだが、少し怖いのは車輪が車体の中央から後ろに付いている。そのため直角に曲がるようなカーブでは車体が半分飛び出して今にも落ちそうになる。これが怖くて乗り物についているハンドを思いっきり切るが勿論このハンドルはダミー。車輪とレールによってハンドルを切ろうが何をしようが動きは全く変わらない。子どもながらにハンドルが効かないことに焦り絶叫したのを覚えている。

曳航。大きな船が港に着岸するときや安全な深さのところまで小さなボートによって引かれることをいう。曳航と言うほどの距離ではないが英語の意味からすると、後退できない飛行機が離陸前に駐機場からバックする際にトーイングカーで押されるのもトーイング(曳航)である。このとき曳かれる方は舵はあっても機能しない。飛行機も方向を変えられる前輪がロックされてしまうので自分では何もできないのである。マッドマウスのハンドルと同じである。

聖書の話

エジプト人の奴隷として生活していたイスラエル人を解放するために、神はモーセという人を用いようとした。しかしモーセにはその荷が重く感じられ色々な理由をつけて断ろうとする。が、結局兄弟のアロンを助け手に与えられその大役を引き受けることになった。そして、エジプトの王様パロにイスラエル人を解放するよう話しに行く。しかしパロは簡単に首を縦にふることはなく理由をつけてイスラエル人の解放を拒むのである。この時の様子が聖書に記されているが面白い記述があることに気づかされる。

主はモーセに言われた、
「あなたがエジプトに帰ったとき、
わたしがあなたの手に授けた不思議を、
みなパロの前で行いなさい。
しかし、
わたしが彼の心をかたくなにするので、
彼は民を去らせないであろう。

 And the LORD said unto Moses,
When thou goest to return into Egypt,
see that thou do
all those wonders before Pharaoh,
which I have put in thine hand:
but I will harden his heart,
that he shall not let the people go.

出エジプト記4:21

神様はパロの前に行って直談判するようモーセに指示するが、神ご自身がパロの心を頑なにするのでその交渉はうまくいかないと言っているのである。何ともおかしな話であるがこのやりとりが後々イスラエルの民にとって必要な経験となるのである。

人生において

人生においても「これは全て神様の計画が遂行されているな」と思うことがある。現在の自分もそのような境遇にいる気がする。このようなときはいくらもがいてハンドルを切ったところで何も変化は起きない。ちゃんと神様が敷いたレールの上を自分の車輪がたどって行くのである。どう頑張ってもどうにもならない。が、神様がどこかはわからないけれど確実にどこかに導いてくださっている。信仰の眼で神様と自分の人生を振り返った時にその足跡が綺麗な軌跡を描いていることに気づくのである。どこに導かれるのかという不安を持ってしまうのも不信仰者の故であるが、一方で自分にとって必要なものが何であるかを全てご存知の神様が最善の場所に導いいてくださるはずという信頼もある。自分がトーイングされている時、神様を信じ切ることができるようただひたすら祈るのみである。

荒海でトーイングされる船をイメージした「主よ荒海を導きたまえ」という讃美歌である。

歌詞

1. 主よ,荒海あらうみ
を導きたまえ
岩も浅瀬も 波は隠せど
磁石と海図で 導きたまえ

2. 子をあやしたる 母のごとくに
荒海あらうみ
鎮しずめ み旨むね
に添わす
王よ,わが主よ 導きたまえ

3. 岸に近づき 休やす
らうときにみ旨むね
によれば 聞かしめたまえ
「恐るな,われは汝な
れ導く」と

讃美歌の動画はこちら

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