信頼

良いことしか・・

人生、良いことばかりだったらどれだけ生き易いだろうか。少々の辛いことなら乗り越えられるかもしれないがその試練が大きくなれば段々と心が弱り「神様は本当にいるのだろうか?」という疑問を持ってしまう。試練多き人生に対して、それでも神様は「あなたにとって良いことしか考えていない」と仰る。

自分が心打たれた言葉がある。「もしも人類があなたひとりしかいなかったとしてもイエスキリストはあなたの罪を贖うために十字架につかれたであろう」という言葉だ。キリストは多くの人を救うためではなく私、あなたひとりを救うために十字架に掛かられた。

全能の神様であってもいくつかできないことがある。それは人に対して意地悪をすること、悪意を持って人に災厄をもたらすこと、これができないのである。神様のご性質が「愛」だからである。

それでも試練が

愛しか考えられない神様であるが、人間は多くの試練に直面する。絶望的な状況に追い込まれることもある。それでも神は「愛」だと言えるのだろうか。

自分には確信はあってもそれを人に説明するだけの力がない。

昨日youtubeである教会の礼拝メッセージを観ていたら、正にこの疑問に対する回答のようなお話をしている方がいた。非常に聴き易い話なのでぜひ視聴していただきたい。

キリストの十字架

キリストの手のひらには痛々しい傷跡があります。
人生において傷つき、打たれ、耐えられないような困難、
試練に遭遇するときには、
キリストが私たちのためにどれほどの苦しみ、
痛みを味わわれたかを思い出し、瞑想しましょう。
兄弟姉妹たちと共にキリストにあって、
天の王座に座り、天の祝福を心に満ちあふれさせましょう。

エレン・ホワイト 天つ故郷 8章 p107

 

 

限りない知恵を持っておられる神は、
われわれの救いの為には、
御子の死よりほかの方法を考え出すことが
おできにならなかった。
この犠牲に対する報いは清く幸福で
不死の身となって購われた者たちを、
地に住まわせるという喜びである。
救い主が悪の権力と戦われた結果は、
購われた者たちに与えられる喜びであり、
永遠にわたって神に御栄えを帰することである。
魂にはこのように大きな価値があるので、
天父は、払われた値に満足される。
そしてキリストご自身も、
その大きな犠牲の実をご覧になって満足されるのである。

エレン・ホワイト 各時代の大争闘 下434

 

前述の動画はこちら(メッセージは15:40から)

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