2つの地震

山梨、和歌山

今朝、6時37分に山梨県東部、富士五湖を震源とする地震が発生した。山梨県では最大震度5弱を観測した。震源の深さは20km、マグニチュード4.9と推定される。津波の心配はないものの関東地方まで震度3程度の地震をもたらしたので結構驚いた。

実はこの地震、夜中から兆候があった。午前2時18分にマグニチュード4.1、最大震度4の地震が起きている。更にその5分後午前2時23分にもマグニチュード3.6、最大震度3の地震が発生していた。

そしてもう一つの地震が和歌山県で発生した。午前9時28分、紀伊水道を震源とするマグニチュード5.4、最大震度5弱の地震がそれである。

思い起こす

地震などの自然災害を経験するたびに、世の終わりを意識する。意識するのだがしばらくするとそれを忘れてしまう。そして平穏な生活に慣れてしまい、かつての危機感や終末に対する切迫感を忘れてしまう。次のような言葉がある。

海では船が、何の前触れもなく底知れぬ深みに投げ入れられる惨事に遭遇するのは、何を意味するのだろうか。陸において、貧しい人々を抑圧して財産を貯め込んだ人々が、その富を全て焼き尽くす火災に襲われるのは何を意味するのだろうか。主の律法と契約を破り、偽りの安息日を受け入れて、主の安息日を踏みにじる者たちの富を守るために神が介入されることはない。神の災いはすでに地上に降り注ぎ、最も高価な建造物は、まるで天からの火の一撃に襲われたかのように破壊される。これらの裁きは、クリスチャンを公言する者の目を覚まさせないだろうか。神は世界が警告に心を留め、罪人が神の前に恐れ慄くようになるために、このような災害を許しておられる。
E.G.White  終わりの時代の諸事件 P25

今、自分の意識はどこに向いているのだろうか?師走の忙しさ、どのように今年の仕事を仕上げたら良いのかを考えている。またクリスマスや年末年始に向けてお歳暮、クリスマスプレゼント、お年玉、帰省などについて考えその出費に気持ちがいっている。街やショッピングモールで見かける高価な品物や人々の車、家を見て羨ましくなる。いつも神様を見上げていたいと思っていたのにいつの間にかそれ以外のこの世的なものに目と心が奪われている。だからこういう自然災害や理不尽な事件などを見聞きすると改めて「神様に立ち返らなくてはいけない」と反省させられる。

イエス様の思い

「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。」
マタイによる福音書 23:37 口語訳

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