価値7

変化する価値

物事の移り変わりがとても早くなった昨今、地元のイオンでは2週間くらい前からクリスマスの装飾に入っている。またおせち料理の注文も受付中。いたるところで年賀状印刷予約の案内を目にするようになった。何でも早くなっている気がしてならない。

物の流行り廃りのペースも早くなっている。今ではその殆どを処分してしまったが、根っからの写真マニアだったので沢山のカメラやレンズを所有していた。Canon F1、NikonF2,F3,FE,FM2、ハッセルブラッド500C/M、Leica M4,M6。ここまでがフイルムを使う所謂銀塩カメラ。その後デジタルカメラを沢山所有したが、Canonのシステムで撮る写真が好きでデジタルになってからCanonばかり買っていた。最後に買ったCanonの一眼レフは5D-MarkⅡ。これに2.8のズームLレンズを付けて撮るスタイルが一番好きなのだが、最近カメラの調子が少し思わしくない。ダイヤルが空回りすることがあるのでオーバーホールに出そうとしたが、修理を受け付けられない商品に挙げられていた。買った当時は結構な値段だったし、一世を風靡するサブフラッグシップ的なカメラだったが数年で修理できない物になってしまった。銀塩カメラは寿命が長いがデジタルになると短命である。爆発的はヒット商品が数多く存在するが、それらの商品が3年後もヒット商品である可能性は非常に低くなっている気がする。それが特に電化製品、デジタルガジェットであればなおさらだと思う。昨年大好評だったiPhone12は、iPhone13の登場により影に隠れてしまった。自分はiPhoneXRを使っているが、これなどはカタログにすら載らない。買ってからまだ2年半。docomoの支払いがまだ終わっていないのにその価値はほぼ無い、というところまで落ちている。

スピード感が要求される今日、物の価値も短時間で変動するようになってしまった。

変化しない価値

自分の持ち物で価値が変化しない(下がらない)ものはあまり無いが、Rolexだけは金銭的な価値は上がり続けている。買った時の3~4倍近くまで上がっていると思う。

物でなかったらどうだろうか。命、時間、思い出などはその価値を殆ど変えていない気がする。その中でも最たるものは「神様が認めた価値」だと思う。

神様は反抗しようが、敵対しようが、どのような状態でも人間を「価値あり」値踏みしてくださった。有用性、従順さ、真面目さ、献身的な態度などの尺度で測って「価値あり」と認めたのでは無い。全く価値のない者を、愛の対象として認め「価値あり」としてくださった。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
イザヤ43:4

単に口先だけでそう言っているのでは無い。

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。

 For God so loved the world, that he gave his only begotten Son, that whosoever believeth in him should not perish, but have everlasting life.
ヨハネによる福音書3:16

どれだけ価値があり、神から愛されているかを示すためにその命を投げ出されてしまった。

人間は時事刻々変わる不安定な存在である。調子の良い時は「神様、あなたを愛しています。あなたに心から従います」と言い、少し雲行きが悪くなると神様に対して呟き、不平不満を漏らすようになる。そんな人間の側の状態に拘わらず、神様は常に愛してくださっている。そして価値のない者に価値があると宣言してくださった。

自分のそばに「自分自身の価値を見失ってしまった人」がいる。その人にどのように人の価値を説明できるかを考えながら1週間「価値」について考えてきた。

そしてイエスキリストの十字架が人間の価値だという結論に至った。

勿体無い。申し訳ない。

十字架より叫びきこゆ

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