ワルド派

ワルド派とは

12世紀の中世ヨーロッパで発生したキリスト教の教派の1つ。カタリ派と並んで、当時のローマ・カトリック教会側からは異端として迫害された。近年では福音主義的・聖書主義的特性から宗教改革の先駆とも評される。元々はピエール・ヴァルドによって創始された信徒宣教運動で、清貧を追求し、禁欲的な生活をすることをテーマとした。自らを「リヨンの貧者」あるいは「ロンバルディアの貧者」と呼んだ。彼らの特徴は清貧の強調と、信徒による説教、聖書の(ラテン語からの)翻訳であった。

腐敗に染まることなく

ローマの管轄外にあった国々には、幾世紀もの間、法王教の腐敗にほ とんど染まることなく存在したキリスト者たちの諸団体があった。彼ら は異教に囲まれていたために、時の経過につれて、その誤りに感化され た。しかし彼らは聖書を信仰の唯一の規準とし、その真理の多くを固守 し続けていた。これらのキリスト者たちは、神の律法の永続性を信じ、 第4条の安息日を守っていた。この信仰と習慣を保っていた諸教会は、 中央アフリカに、そしてアジアのアルメニア人の中にあった。

しかし法王権の侵入に抵抗した人々の中で、最も著しいのがワルド派 (ワルデンセス、ワルドウス派)であった。法王庁が存在しているまさに その国家において、その虚偽と腐敗は最も激しい抵抗に会った。数世紀 にわたって、ピエモンテの諸教会は独立を保っていた。

しかし、ついにローマが彼らに屈服を迫る時がきた。ローマの圧制に対 して無益な抵抗を試みたあとで、これらの教会の指導者たちは、全世界 が敬意を表しているように思われるこの権力の至高性を、しぶしぶ認め た。しかしながら、法王や司教たちの権威に対する服従を拒否した者た ちもあった。彼らは、あくまでも神に忠誠を尽くし、信仰の単純さと純 潔とを保とうとした。こうして分離が起きた。古くからの信仰を固守す る者たちは、今や身を引いて、ある者たちは故郷のアルプスを去って外 国で真理の旗をかかげ、また他の人々は、人里離れた谷間や岩角けわし い山岳地帯に逃れて、そこで自由に神を礼拝した。

幾世紀にもわたってワルド派のキリスト者たちが信じ、教えてきた信 仰は、ロ―マから出た偽りの教義と著しい対照をなしていた。彼らの宗 教的信念は、キリスト教の真の体系である書かれた神の言葉に基づいて いた。しかし、世から隔離された寂しい隠れがに住み、家畜の世話や果 樹の栽培に労苦の日々を送っていたそぼくな農民たちは、自分自身の力 で、背信した教会の教義や邪説に反対する真理に到達したのではなかっ た。彼らの信仰は、新たに受けた信仰ではなかった。彼らの宗教的信念 は、彼らの先祖から受け継いだものであった。彼らは、使徒時代の教会 の信仰、すなわち、「ひとたび伝えられた信仰」を強く主張した(ユダ 3)。 世界的な大都市に王座をかまえた高慢な法王制ではなくて、この「荒野の教会」がキリストの真の教会であり、世界に伝えるために神がご自分 の民にゆだねられた真理の宝の保管者であった。

各時代の大争闘電子版p49,50 真理の擁護者たち

山に隠れて

彼らは、人間の虚栄と誇りの記念物から遠く離れ、華麗な会堂や大寺院 ではなくて山々のかげに、アルプスの谷に、あるいは危険な場合には、 岩のとりでの中に集まって、キリストのしもべたちから真理の言葉を聞 いた。牧師たちは福音を説くだけでなくて、病人を見舞い、子供たちを 教え、誤った者をさとし、争いをしずめて一致と兄弟愛を育てるように 努めた。彼らは、平和な時には人々の自発的なささげ物によって支えら れていたが、テント作りのパウロのように、各自は何かの職業を身につ けていて、必要な場合には自分で生活できるようにしていた。

青年たちは牧師たちから教育を受けた。普通の学問の諸分野に注意が 向けられる一方、聖書が主要な科目であった。マタイやヨハネによる福 音書は、多くの使徒書簡とともに、暗記された。彼らはまた、聖書の写 本に従事した。聖書全体の写本もあれば、短い部分的なものもあり、そ れには、聖書の解説ができる人々による簡単な聖句の説明がついていた。 こうして、神よりも自分たちを高めようとする人々によって長く隠され ていた真理の宝が明らかにされた。

忍耐強くたゆまぬ努力によって、時には暗い洞窟の奥深くで、たいまつの光をたよりに、聖書は1節ずつ、また1章ずつ書き写されていった。 こうして働きは続けられ、あらわされた神のみ旨は純金のように輝き出 た。試練を経たために、神のみ旨がどんなにかいっそう輝かしく、明ら かで強力なものとなったかは、その働きに携わった者たちにしかわから ない。そして天使たちが、これらの忠実な働き人たちを取り囲んでいた。

各時代の大争闘電子版p54 真理の擁護者たち

真理を携え世界へ

ワルド派の人々は、主を恐れることが知恵の初めであることを認めていたが、それとともに、世界と接触して人間と実生活の知識を得ること が、心を広くし、知覚を鋭くするのに重要であることを知っていた。青 年たちのある者は、山の中の学校から、フランスやイタリアの諸都市に ある学校に送られた。そこには郷里のアルプスにおけるよりはいっそう 広範な、研究と思索と観察の領域があった。こうして送り出された青年たちは、誘惑にさらされ、罪悪をまのあたりに見、最も巧妙な邪説と最も危険な欺瞞を主張する、サタンの狡猾な手下たちに出会った。しかし 彼らが子供の時から受けた教育は、こうしたすべてのことに対する準備 となる性質のものであった。

彼らは、どこの学校に行っても、心を打ち明けるような友をつくって はならなかった。彼らの衣服は、最大の宝すなわち聖書の貴重な写本を 隠せるように作られていた。長年の苦心の結晶であるこれらの写本を、 彼らはいつも身につけていて、怪しまれない時にはいつでも、真理を受 け入れそうな人々に、その一部を注意深く手渡した。ワルド派の青年は、 母親のひざもとで、このような目的のために訓育されたのであった。そ して彼らは、自分たちの働きを理解し、それを忠実に実行した。真の信 仰に改宗する者たちが、これらの大学内に出てきて、その主義が学校全 体にみなぎることもよくあった。

各時代の大争闘電子版p55 真理の擁護者たち

み言葉が世界へ

こうして、人目を避けたところで、神のみ言葉が持ち出され、読まれたのであった。時には、ただ1人のために、そして時には、光と真理を 渇望する小さい群れのために。このようにして徹夜することもよくあっ た。聴衆があまりにも驚き、感嘆するので、彼らが救いのおとずれを十分に理解するまで、憐れみの使者は朗読を中断せざるをえないこともまれではなかった。また、しばしば、「神は、ほんとうにわたしの献げ物を受け入れられるであろうか。神は、わたしに恵みをお与えになるであろうか。神は、わたしをおゆるしになるであろうか」という言葉が発せら れた。そしてその答えとして、「すべて重荷を負うて苦労している者は、 わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」というみ言 葉が読み上げられた(マタイ 11:28)。

人々は信仰によって約束をしっかりと捉え、喜びをもって応答した。

「もう長い巡礼の旅に出ることはない。もう苦労して宮詣りをしなくて もよいのだ。罪深く汚れたまま、わたしはイエスのもとに行っていいの だ。そして彼は、悔い改めた者の祈りを退けられない。『あなたの罪はゆるされた』。わたしの罪、わたしの罪でさえ、ゆるされるのだ!」。

各時代の大争闘電子版p60 真理の擁護者たち

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