親、指導者が伝えるべきこと

富んでも謙虚に

ここに、アブラハムの高潔、無我の精神があらわされた。これと同様の立場に おかれたとき、なんと多くの人々が、自分の権利や優先権を主張してやまないこ とであろう。こうして、どれほど多くの家庭が破壊されたことであろう。どれほ ど多くの教会が分裂して、真理の働きが悪人たちのぶべつと物笑いの種になった ことであろう。「わたしとあなたの間にも・・・・争いがないようにしましょう」。親 族関係だけでなくて、真の神の礼拝者でもあるから、「わたしたちは身内の者です」 とアブラハムは言った。全世界の神の子らは、1つの家族である。そして同じ愛 と融和の精神が彼らを支配しなければならない。「兄弟の愛をもって互にいつくしみ、 進んで互に尊敬し合いなさい」とわれわれの救い主はお教えになった(ローマ 12:10)。誰にでも礼儀正しくすることを身につけ、人々からしてほしいと思うことを、喜んで人々にするならば、人生の不幸の半分はなくなってしまうことであろう。
人類のあけぼの電子版 p92  カナンにおけるアブラハム

とりなし

アブラハムは、愛する父親に訴える子供のような確信をあらわした。彼は、天 の使者のそばに近づいて熱心に訴えた。ロトは、ソドムの住民にはなったけれど も、彼は、住民の罪に参加していなかった。アブラハムは、人口の多いこの町に、 真の神の礼拝者がほかにもあるにちがいないと思った。そう考えて、「正しい者と 悪い者とを一緒に殺すようなことを、あなたは決してなさらないでしょう。・・・・ 全地をさばく者は公義を行うべきではありませんか」と彼は訴えた(同・18:25) アブラハムは1度だけでなく何度も願った。願いが聞かれるにつれて大胆になり、 もし、10人の義人がソドムにいたならば、町は救われるという確証をついに得た。
アブラハムは、滅亡にひんした魂への愛に動かされて祈った。彼は、腐敗した ソドムの町の罪はきらったが、罪人が救われることを願った。アブラハムがソド ムのために抱いた深い関心は、われわれが悔い改めていない人々に対して感じな ければならない切実な思いを示している。われわれは、罪を憎まなければならな いが、罪人には、憐れみと愛を持たなければならない。われわれの回りには、ソ ドムにのぞんだのと同じように、希望なく恐ろしい破滅に陥っている魂がある。
人類のあけぼの電子版 p99  カナンにおけるアブラハム

伝えるべきこと

アブラハムは、彼の子供たちと家族を愛していたので、彼らの信仰を保護し、 彼が彼らに与えることのできる最も尊い遺産として、神の律法の知識を彼らに教 えた。これは、彼らが世界に伝えるべきものであった。すべての者が、天の神の 統治下にあることを教えられた。親が子供を圧迫したり、子供が不従順であった りしてはならなかった。神の律法が各自の義務を示していたから、それに服従す るものだけが、幸福と繁栄を得ることができた。
彼自身の模範、彼の日常生活の無言の感化は、不断の教訓であった。王たちの賞賛 をかちえたゆるがない高潔な精神、慈愛と無我の精神による親切は、家庭でも発揮さ れた。生活に芳香がただよい、品性の気高さと美しさとは、彼が天と結ばれていること をすべての者にあらわした。彼は、どんなに卑しい身分の奴隷の魂も軽視しなかった。
人類のあけぼの電子版 p101  カナンにおけるアブラハム

神の律法が、宗教的指導者にさえ軽視されることは、大きな害悪を生んでいる。 神の律法は、もはや人間を拘束しないという教えが一般に広まっているが、これ は、人々の道徳に偶像礼拝と同じ結果を与えている。神の清い律法の要求を低下 させようとする人々は、家族と国家の組織の根底に直接攻撃を加える。信仰は持 っていても神の律法に従っていない親は、主の道を守るように家族に命じない。 神の律法が、生活の規準にされていない。子供たちが、それぞれの家庭を築くと きに、彼ら自身が教えられなかったことを子供たちに教える義務は感じない。今 日、不信仰な家庭がこんなに多いのはそのためである。堕落がこんなに深く、広 く及んでいるのもこのためである。
親自身が、全心をこめて、主の律法に従って歩かないかぎり、子供たちに服従 を命じることはできない。この点に改革が必要で、深く、広い改革が行われなけ ればならない。親に改革が必要であり、牧師に改革が必要である。彼らの家庭に、 神が必要である。もし彼らが変化を希望するならば、彼らの家庭に神の言葉を入 れ、その勧告に従わなければならない。それは、彼らに語る神の声であり、それ に絶対に服従すべきであることを、彼らは子供たちに教えなければならない。
人類のあけぼの電子版 p102 カナンにおけるアブラハム

あまりにも多くの家庭で、祈りがなおざりにされている。親たちは、朝夕の礼 拝をする時間がないと考えている。彼らは、植物を繁茂させる輝く日光や雨、聖 天使の保護などの豊かな恵みに対して、神に感謝する時間を少しもさくことをし ない。彼らは、神の助けと導きを求め、家庭にイエスがおとどまりになるように、 祈りを捧げる時間を持たない。彼らは、神についても天のことについても考えず、 牛馬のように働く。彼らが何の望みもなく、失われることのないように、その贖 いとして、神のみ子は生命をお与えになった。人間は、それほど尊い魂を持って いる。それだのに、彼らは滅びてしまう獣と同様に、神の大きな恵みに感謝する ことをしない。
人類のあけぼの電子版 p103  カナンにおけるアブラハム

聖書研究ガイド 37課.

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