誰のために

M.R.I.

前にも書いたがうちの病院長先生がM.R.I.を欲しがっている。今まで使っていたものが壊れてしまったからだ。しかし、先生の年齢は後継者がいないことなどからリースでの購入が難しく業者さんも「コイン病院でM.R.I.は必要ないのでは」と諦めさせるようなアドバイスをしている。しかし村にひとつしかない医療機関ということでこの病院で完結したいというのが院長の願いである。そのために冠動脈まで見ることのできるタイプを購入したいと言っている。機械本体も高価だがこれを設置するために施設を改装する必要がある。また搬入のために壁の一部を壊さなくてはならない。総額で1億を超える。多くの人に反対されているプランだが自分は何とか入れる方法はないのか、模索できないかと願っている。今回導入したいと思っている製品が1.5T(テスラ)タイプのもの。このレベルだと冠動脈も鮮明に映るとのこと。そしてこれを超える磁場が発生する装置になると解像度は上がるが人によっては火傷をしてしまう可能性がある。人によっては、というのは例えば刺青のある人。誤解してほしくないが当院はいたって健全経営をしている病院でキリスト教精神に基づく全人医療を目指している。が、院長先生が非常に穏やかでどなたでも受け入れるため、ほかの病院で断られた人も大勢当院にくる。他の病院で断られるというのは、医師や看護師とトラブルを起こしたり暴力団絡みの人である。そういう人は刺青をしていることが多く、その人たちは1.5Tを超える磁場をかけると火傷してしまうとのこと。1.5Tにとどめたいというのは院長先生の「誰でも当院のドアを叩く人を拒まない」という精神に基づく。そこまでして患者さんのことを考えているのであれば何とか新しいM.R.I.を導入できないかと自分も思ってしまう。前回は宝くじでも買ってみようかと思ったが、最近は自分がここを辞めたら月々の支払いの少しは足しになるのではないかと思っている。生活できなくなるのは厳しいが、院長先生の念願が叶うならばそれも良いのではないかと思っている。

価値観

院長先生は現在72歳。医師として若い方ではない。この病院の行く末をも考えなくてはならない。院長先生が時々おっしゃることがある。「なぜ若い人は夢を持ちながらそれにチャレンジしないのか。なぜもっと献身しないのか。収入や身分など自分のことばかりを考えてなぜ人のために立ち上がらないのか」と。確かに院長先生は自分のためには全くお金を使わない。自家用車も持っているがそれを車を持っていない人に貸してしまっている。だから車が必要な時は受付に聞いて公用車を借りて乗っている。ゴルフをするわけでもなく家財道具にお金をつぎ込むわけでもない。食事は毎日病院の食事。散髪も1000円カット。教会に出席する以外は白衣を着るため私服を持っていない。
高学歴こそが素晴らしいと思っている人もいるが、自分のことを顧みず愚直に人のためだけに働き続ける生き方もある。自分、自分と自分を追求していく生き方の先にあるものは何だろうか。そもそもイエスキリストの生き方が自分を捨てる生き方だった。どこまでも人を愛し奉仕し続ける生き方を貫いた。教育関係のブログを時々拝見するがやはり何かが違う気がしてならない。常に「その先にあるもの」を意識しながらひとつひとつの選択をして行く必要があると思う。特にこのような時代だからこそ、自分を否定し人のため或いは神様のために献身する生き方がもっと主流になって行くべきではないかと思っている。
はるかの部屋「主のためにわれは生く」

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