家族、そして夫婦

突然の電話

昨晩は仕事の後にミーティングがあり終わったのが22時を過ぎていた。家に戻り片付けをしたりお風呂に入っていたらいつの間にか0時になってしまった。そんな時、着信があった。みると妻からだった。同じ電話から次男もかけてくるので判別に迷うこともあるがこの時間であれば間違いなく妻である。2ヶ月ぐらい前に電話が来たがそれ以来だ。文句を言われ絶望的な気持ちになるので出るかどうか迷ったが結局でてしまった。

話題は子どもたちのことだった。まず長男。広島にある全寮制のミッションスクールの中学3年生であるが今は帰省して母親のいる沖縄に戻っている。長男が帰省する二日前にテレホンカードと腕時計(Gショック)が無くなったとのことだった。先生が「もしも盗んだのであればすぐに返すように」と訴えたところテレホンカードは翌日戻って来たとのことだった。しかし腕時計はそのまま出てこなかった。以前にバイオリンが悪戯され、弓の毛がナイフで切られるという事件が起こった。寮長としてみんなのために尽力しているつもりが誰かに恨まれている、嫌われていると思ってしまうその後1ヶ月以上不登校になってしまった。その時、母親が学校に対して「今後子どもが悲しい顔をして家に戻ってくることがないようにしてほしい」と強くお願いしたという。そのような中で今回の盗難事件だったので本人も妻も大いに落ち込んでしまった。妻は「もうこんな学校に子どもを預けられない」と怒り心頭で長男とも3学期をどうするかを話し合ったそうだ。長男はもともとこの学校の先生たちが、生徒のことではなく自分たちのことばかり考えており生徒に寄り添える人は一人もいないと嘆き系列の高校ではなく一般の高校を受験する決心をしてしまった。私が教員の時も問題は常にあったが、それでも生徒に寄り添う先生が多くいた。そのことを長男に話すのだが「パパが教師だった時とは全く違うんだよ。学校はこの2,3年で全く変わったんだよ」と涙ぐむ始末。妻も長男も本当に傷ついていることがよくわかった。

いないものとして

昨日の電話で妻が最も怒っていたのは、3学期子どもが帰らない可能性を示唆したところ、学校から「帰ってこないのであれば今から卒業プログラムで○○君(長男の名前)をいないものとして、卒業プログラムを作りたいので早く正式決定してください」と言われたことだった。これは妻の話しか聞いていないので真偽のほどは分からないがこれまでの学校の対応ではあながち嘘では無いような気がしている。

その後次男のことも色々と報告してくれたが、もういっぱいいっぱいになっている様子が手に取るように分かった。本当に申し訳ない。自分のことしか考えない愚かな父親が何の役にも立っていないから妻は一人で苦労しているのだ。学校のことを話題にしているがどの言葉も自分に対して突きつけられている気がした。そして電話の最後に「こうやって一人で苦労して途方に暮れている現状を理解してほしい。何かをしてほしい訳では無いから勘違いしないで。怒りの気持ち、途方にくれる思いを誰にぶつけて良いか分からなかったから電話をかけただけだから」と言って乱暴い電話は切られた。いつもの通り一方的であった。

ぶつける相手

電話の後、しばらく意気消沈して祈ることすらできなかった。が、妻にとって自分という存在が「ぶつける相手」になっていることは少し嬉しかった。また近々色々な攻撃が始まるとは思うがとりあえずサンドバッグとしての役目があるのであれば喜んでその役目を甘んじて受けたいと思った。何より子どもたちの事について唯一共感でき同じ想いになれるのは妻しかいないのだ。

自分にとって理想の家族、特に理想の夫婦は自分の両親である。そんな夫婦になりたいと夢見ているがなかなか難しい。というか現状では無理だと思っている。しかしお互いにぶつけ合い、受け入れ合って生きて行けたらどれほど幸せだろう。

イエス様はご自分に全てをぶつけることを歓迎してくださる方である。相手が人間であれば、相手の状態や時間帯などを配慮してぶつける必要があるが、イエス様は常に受け入れてくださる。いつでもどこでもどのような状況でも。このようなイエス様を知っていることは本当に幸せなことだと思う。

神の民の捧げる祈りを神がお聞きにならないと言う恐れは全くない。私たちは誘惑や試練にあった時に失望落胆に陥り熱心に祈り続けなくなってはいけない。・・・この母親に、これほどの求めてやまぬ心を起こさせたのはキリストご自身であった。裁判官の前で訴えるやもめに勇気と決意を与えたのもキリストであった。又幾世紀もの昔、ヤボクの渡し場で不思議な格闘の際に、ヤコブに同じ不屈の信仰を与えたのもキリストであった。こうしてご自身が人の心にお植えになった確信に対して主は必ず報いをお与えになったのである。・・・これらの天の使いたちによって人の子らの言葉と行いがもれなく記録されている。神の民に対する残酷と不正行為、悪人の権力によって、神の民に加えられた苦痛もみな天に記録されるのである。キリストの実物教訓p158

 

[プロフェッショナル] 妻とふたり 職人を、生きる | 当代屈指の旋盤職人 | 

 

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