言葉

仕事を辞めたい

今まで何となく気づいていたが自分が職場で役に立っていないこと、それを周りの人が邪魔に思っていることがはっきりと分かった。嫌味を言われることは日常茶飯事。結構きつい態度をとられることが多い。今日も送迎の仕事があるので11時半に来て欲しいと言われた。他の部門から頼まれていた仕事をしていたので時間を気にしていた。結構せっかちな人なので丁度の時間に行ってもいけないと思い5分前に集合場所に行ってみると既に送迎車は出発した後だった。自分に仕事を教えてくれる人が一人で送迎に出かけているので昼の休憩を取ることもできずまた他の部門の仕事を手伝うことになった。1時間半ほどしてその人が帰ってきたが不機嫌なのは明らかだった。夕方になってその人から声を掛けられゴミの収拾に行くことになった。昨日も収拾の仕方を習ったがはっきり言って意味と内容が理解できない。医療ごみが何故か二つに分けられておりその他に燃えるゴミと燃えないゴミの一般ゴミがある。また観戦ゴミというものもあるのだが、その区別が自分の理解とその人の説明が食い違うのである。はっきり聞こえるように「使えない奴だ」「仕事が遅い」「丁寧さが足りない」と言っている。何度も切れそうになった。怒るという意味ではなくもうこの職場環境についていけないと思ったのだ。しかし、神様に「謙遜で柔和な人間に生まれ変わらせてください」と毎日祈っているのでぐっと自分の気持ちを抑える。そしてこらえる。人の心をグサグサとえぐるように差し込んでくる言葉と態度にとても悲しい気持ちになった。忙しいから仕事ができない人間に当たりたくなる気持ちは良くわかる。自分がいることで明らかに職場の雰囲気が悪くなっていることも分かっている。仕事ができない人間がひとりいるだけでみんながイライラしている。本当に悲しい気持ちになる。

母の言葉

仕事中に実家から電話があった。何かがあったのではないかと気になったが仕事中なので電話をすることができず退勤時間を待って掛け直してみると、母が私のことを心配して電話してくれたようだ。いつものように同じ話を繰り返す。「なんで青森なんて行ったの?」「仕事は大変なの?」「知っている人はいるの?」「なんで教師に戻れなかったの?」「何故家族と一緒にいないの?」これらの質問が何度も繰り返される。丁寧に対応するが聞かれたくないことを何度も聞かれるので苦しくなってくる。しかし電話口で母は泣いている。そして「いつでも家に戻ってきなさい」と言ってくれた。嗚咽を押し殺すように「大丈夫だよ」というのが精一杯だった。「家に帰ってきなさい」何と優しい言葉だろう。同じ言葉なのに人の心をえぐるような言葉もあれば嗚咽するくらい嬉しくなる言葉がある。自分にまだこういう愛情を注いでくれる両親がいることがどれほどありがたいことか。57歳にもなってこのようなことを考えていること自体甘いし舐めたことだと思う。他の人はもっと辛い境遇で頑張っているのに。自分には忍耐する力が無いのか、打たれ弱いのかと悩んでしまう。そして本気でこの仕事を辞めたくなった。人様が聞いたら笑われる内容だ。仕事場で少しうまくいかないと言って仕事を辞めたいだなんて甘すぎる、と怒られてしまうだろう。本当に自分が情けなくなる。

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