祈りを聞かれる神

昨年の今頃

今日は2020年のクリスマスイブ。1年前のことを考えていた。1年前、今よりも死に対する憧れが強く薬を飲んだり、地元のとても立派な橋から飛び降りようとした。病院から貰う睡眠導入剤の殆どを日常で使うことはなく何度でも死ぬことが出来るぐらいの量を確保している。その一部をのんでしまった。幸か不幸かその途中で偶然妻がその様子に気づき死には至らなかった。次の飛び降りは正に今のような年の瀬。物理的にも精神的にも居場所を失い追い詰められて橋から飛び降りようとした。山と山を繋ぐとても大きな橋だ。飛び降りれば確実に死ねる。恐怖もあったがその一瞬を乗り越えられればあとはもう絶対に苦しむことの無い世界が待っている。引き寄せられるように車を停めて徐に闌干に近づいた。これも幸か不幸か後ろから警察車両が追跡していたことを確認していなかった。「何をしている?」と聞かれ咄嗟に「下の様子をみようとしていました」と説明するとこの場所が駐停車禁止であることを注意された。警察の対応からこちらが何をしようとしていたのかは既にお見通しの様子であった。事情聴取を受け解放された。この時も死ねなかった。しかし、残念なことだが同じタイミングで私のかつての生徒であり元親戚であったso君がこの時別の場所で命を落としていた。詳しい様子までは聞かなかったが自死のようである。彼は若くして将来を期待された優秀な心臓外科医である。海外で研鑽を積みそこでの経験を数冊の書籍にまとめた。帰国後、最初の頃は日本でも優遇されていたようであるが日本の医局の体質なのか徐々にいろいろな場面から外され干されるようになった。結局大学病院を追われるように退職して地方の病院に移った。彼の能力、心臓外科医としての力が発揮できない病院である。その後も数回病院を転々とするが彼が心臓外科医として現場に戻ることはなかった。そんな矢先の死であった。彼の死を半年後に知った。もし彼が追い込まれていることを知っていたならば、同じように追い込まれている自分ならどのようなアドバイスができただろうか。それは分からない。分からないが知りたかった。苦しむ彼に寄り添いたかった。

祈 り

30年以上教員生活を送っていれば色々な事がある。卒業していった全員が幸せであった欲しいと願いながらも実際はそうはならない。特に生徒の自死はこたえる。間違ったことを教えていたのではないかと自分を責める気持ちにしかなれない。今まで担任した生徒の中には1名自死を選んでしまった生徒がいる。担任はしていなくても自分が関わった生徒で自死を選んだ者はもう少し多い。本当に悲しい事だ。とても大きな矛盾だが自分は死にたいと思い実際に行動を起こしたが、人の自死には耐えられず苦しむ。2020年も12月になってから意識して毎日祈っている事がある。それは、寒い時期になると特に将来が見通せなくなって自死を選んでしまう人が増えるが、自分の教え子でそのような苦しい場面を通過している人がいれば神様がその人を私に教えて欲しい、何もできないがその人のために祈り続けるので是非その人を教えて欲しい、と毎日祈るようになった。そのような祈りを始めて3週間ぐらいになる今日、2020年12月24日、神様はこの小さな祈りを聞いてくださった。

sho君の事

今朝、職場から連絡があった。卒業生のsho君が私と連絡を取りたがっている。学校から私の連絡先を教えることはできないのことを伝えると彼の方から電話番号を教え、この番号に連絡して欲しいと伝言してきた、とのことだった。早速の教えられた番号に電話をした。数回のコールの後彼が出た。高校を卒業して10年ほど経つが高校時代のままの声だ。sho君は少し足にハンディキャップを負っていて両手の杖を使わないと自力で歩行する事ができない。でも彼は何でも最後まで諦めない青年だった。どれどけ時間がかかっても人と同じようにやり遂げることをいつも目指していた。校内マラソン大会でも彼の不屈の精神は発揮された。所定の時間を過ぎても遅くなった選手を回収するバスには決して乗らず大会が終了しても尚、走り続けた。結局大会は終了したが殆どの生徒がsho君が競技を続けていることを知り彼のゴールを待っていた。大会が終了してから1時間以上経過してからsho君が戻ってきた。大歓声に迎えられ彼はゴールした。特に彼の同級生は涙を流しながら伴走し、そのゴールを自分のことのように心から喜んでいた。そんな頑張り屋さんのsho君が「今、とても悩んでいるんです」と電話口で話してくれた。理由は職場での彼の仕事が少し遅く、会社全体の作業進行に支障が出ているとのこと。それを職場から指摘されて悩んでいるとのことだった。高校時代は「どれだけ時間がかかっても良いからやり遂げることに意味がある」と教えられ、それを信じて決して途中で投げ出さない生き方をしてきた。しかし職場では「時間内に仕事ができないのは努力が足りないからだ」と指摘され、学校で習ったことと逆のことを言われた気がして、混乱した自分は何を信じて良いのか分からなくなった、というのだ。職場の環境について聞いてみると、社内では彼を受け入れる体制やムードがきちんとしており非常に働きやすい環境とのこと。いじめやハラスメントは全くない様子であった。まずsho君に学校と職場の違いについて説明した。会社は社員を大切にしながら利益の追求という大目的があるので会社が言っていることは至極当然のこと。しかし「生き方、人生」というロングスパンで考えた時には学校で習った価値観の方がsho君を幸せにすることを伝えた。その中で彼の生活について聞いてみると半年前に自分用のマンションを購入したとのこと。正直な話、これにはとても驚いた。彼がどの程度の収入を得ているのかは分からないが彼の住む地域でマンションの購入となるとかなりの犠牲が伴うはずだ。また親御さんと同居していれば色々な面で助けてもらえる事が多いはずなのに敢えて自立、自活を決意したのだ。彼と同年代で持ち家に住んでいる卒業生を他に知らない。そのことをずっと彼に話し本当に素晴らしいことを彼に何度も伝えた。その電話の最後に「今のままで十分勝負できているから、あとは自信を持つことが大切だと思う。会社にはできる限りの誠意を見せたら良いと思う。可能ならば残業してもやり残しを翌日に持ち越さないなど。」と話した。電話の最初と最後で声のトーンが全く違っていた。何かあればすぐに電話をすることを約束してもらい電話を切った。僅か1時間ほどの会話だったが、色々なことに感動した。sho君があの時のまま真面目かつ誠実に社会に貢献している様子を知ったことも感動だった。彼が大きな買い物をするにあたり社会的信用を得ていることを知ったのもすごく嬉しく感動した。しかし一番感動していたのは、「今、苦しい局面を通過している卒業生を教えてください。力になることはできませんがその人のために祈り続けます。」と祈りを始めてから3週間たらずで、この祈りが聞かれたことに感動したのだ。神様は今も確実に生きて人々の祈りにこたえ、人々を助けようとしている。人々を救いたいと切望しているのである。神様を実在の存在として再認識できたことが本当に嬉しい。クリスマスイブの今日、本当の意味で自分を幸福にしたいと考えている神様に出会う人が一人でも多く与えられることを祈るものである。

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