あなたは愛されている

心遣い

運転の仕事をしていると時々起こることがある。今日もそうだった。外来の患者さんを2名乗せてご自宅まで送る途中でのこと。おふたりのうち1人の方のご自宅を存じ上げないので道案内をお願いしますと言っていた。このお婆さんが「おでんを買いたいから途中のローソンによって欲しい」と言ってこられた。寄り道ではなく通り道だったこととおふたりがとても親しい間柄であることが分かったのでその通りにした。ふたりでローソンに行きおでんを買っている様子だった。車で待っていたが戻ってこられたので後部座席にドアを開けてふたりを乗せてドアを占めた。車は日産のセレナ。車を半周回るような形で運転席につくと「これ飲みな」と言ってジュースをいただいた。時々こういうことがある。「ありがとうございます」と言っていただく。運転中は飲めないので助手席に置いておく。人から物を頂くことの苦手な自分だがこういう気持ちはとても嬉しい。自分が思っていただいている、1人の人間として認められているような気がしてとても嬉しい気持ちになる。
愛されることが少なく人から認められることも殆どない。今は運転の仕事をしているが空き時間いは草取りをしてゴミを回収するために病院中を回っている。ゴミ箱に手をさらっている様子を人にはどのように映っているのだろう。底辺の仕事、負け組みがする仕事と思われているのかもしれない。自分には殆どプライドが無くなってしまったのでゴミ箱をさらってゴミを集めることには何の抵抗もない。これで子どもの学費が稼げるのであればそれだけで十分である。人から認められることなど考えていないし、ましてや愛されるなど期待もしていない。しかし今日運転中に聞いていたアーサーホーランド先生のメッセージを聴きながら涙が出てしまった。こんな自分のことも愛してくださるイエス様が、今も共にいてくださっていることが嬉しくてたまらなかったのである。

与えられた御言葉

YouVersionという聖書をiPhoneに入れているが毎日「今日の御言葉」として聖句が送られてくる。彼がとても不思議なのだが今自分が必要としている言葉がタイムリーに送られてくるのである。自分の祈りについて確信が持てず、二階から目薬のような気持ちになっていた。毎日長い時間祈っているが同じことを祈っているのでルーティーンのようになってしまいお題目を唱えているようにも思えて祈ることを諦めてしまおうか、と考えることも度々あったこの頃。今日与えられた聖句は次の言葉だった。

「目をさまして、感謝のうちに祈り、ひたすら祈り続けなさい。」
‭‭コロサイ人への手紙‬ ‭4:2‬ ‭口語訳‬‬

またヨブ記の勉強をしているが今日は6章を学んだ。この6章に関連するエレン・ホワイトの言葉に次のような言葉があった。

誰でも時には、激しい失望と絶望に陥る時があって、心は悲しみに満たされ、神が今でも地上の子供たちの慈悲深い保護者であられることを信じ難い日々があるものである。心は悩みにさいなまれて、生きているよりは死んだ方がましだと思われるときがある。そうした時に多くの者は、神に対する信頼を失って、疑いと不信の奴隷になるのである。そのような時に、もし我々が霊的洞察力をもって、神の摂理の意味を悟ることができたならば、天使たちが我々を助けて、我々の足を永遠の山よりも堅い基礎の上におこうと努めているのを見ることができるであろう。そして、新しい信仰と新しい生命がわき上がることであろう。
忠実なヨブは、苦難と暗黒の時にも、次のように言った。
「私の生まれた日は滅びうせよ。」「どうか私の憤りが正しく量られ、同時に私の災いも、はかりにかけられるように。」「どうか私の求めるものが得られるように。どうか神が私の望むものを下さるように。どうか神が私を、打ち滅ぼすことをよしとし、御手を伸べて私を断たれるように。そうすれば、私はなお慰めを得」る。
(エレン・ホワイト 国と指導者 上 P130)

神様からたくさんの励ましをいただいてその恵みの中で過ごさせていただいた1日となった。

今日視聴して感動したメッセージがこちら
YOU ARE LOVED~あなたは愛されている・アーサー ・ホーランド牧師

 

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